はじめに
「さっき言ったでしょう」「何回言えばわかるの」。聞いたことをすぐ忘れてしまう子に、つい出てしまう言葉です。
WISCの結果に、ワーキングメモリー(WMI)という指標があります。このノートでは、この指標が何を見ているのか、傾向、そして日常でできる工夫を整理します。力そのものの説明は、ワーキングメモリのページもあわせてご覧ください。
1. ワーキングメモリー(WMI)とは何か
WISC-Vには、言語理解・視空間・流動性推理・ワーキングメモリー・処理速度の5つの主要指標があります。得点は平均が100になるようにつくられています。
ワーキングメモリー(WMI)が見ているのは、情報を頭の中に少しのあいだ置いて、それを使って考える力です。「数唱」(聞いた数字を、そのまま、あるいは逆から言う)や「絵のスパン」(見た絵を覚えて、あとで選ぶ)といった検査が、ここに入ります。
「聞いたことを覚えておく」だけでなく、「覚えながら頭の中で操作する」ところまでを含む力です。
2. 高いとき・低いときの傾向
次に書くのは、あくまで傾向です。診断ではありません。
- 高いとき:複数の指示を一度に聞いても、覚えていられる。暗算や、長い文章の読み取りが比較的得意。授業中の聞き取りがスムーズ
- 低いとき(そういう困りごとが見られる場合もあります):いくつかの指示をまとめて言われると、途中で抜ける。暗算や、繰り上がりの計算で、途中の数字を忘れる。長い文章を読むと、前半の内容を忘れる。忘れ物が多い
低くても、メモや書き出しを使えば、力を発揮できる子はたくさんいます。
3. 学校での場面と発達障害との関係
学校では、次のような場面でワーキングメモリーが使われています。
- 指示の聞き取り:「教科書の12ページを開いて、2番を読んで、ノートに答えを書く」
- 暗算・筆算:繰り上がりの途中経過を置いておく
- 読解:文の前半を覚えたまま、後半を読む
- 板書:黒板の内容を覚えて、ノートに書く
そのため、ワーキングメモリーが低めの子は、「聞いていない」「集中力がない」と見られやすくなります。実際は、情報が作業台に載りきらず、こぼれ落ちている状態です。
ADHDやLDのある子に、この指標の低さが見られることがあります。ただし、指標の差だけで発達障害かどうかは決まりません。検査の数字は、受けた日の様子を切り取った目安です。指標の数字だけで、困りごとの理由は決まりません。生活の様子や検査をした人の説明と合わせて考えましょう。
4. 家や学校でできる工夫
- 指示は一度にひとつ:できたら、次を伝える
- 耳だけでなく目で見せる:やることを紙に書く、ホワイトボードに貼る
- メモ・書き出しを認める:暗算にこだわらず、途中の数字を書いてよいことにする
- 文章は区切って読む:一行ずつ紙で隠しながら読む、段落ごとに確かめる
- 復唱させる:指示を聞いたあと、自分のことばで言いなおしてもらう
- 忘れ物は仕組みで防ぐ:持ち物リスト、決まった置き場所
- 鍛えるより、載せる量を減らす:ワーキングメモリそのものを広げる方法は、効果がはっきり確かめられていません
板書の困りごとについては、板書が苦手のページも参考にしてください。
結び
ワーキングメモリーが低めの子は、「聞こうとしているのに、こぼれてしまう」ことで、いちばん困っているのは本人です。
数字を気にするより、「この子には一度にどれくらいなら載せられるか」を知ること。そこから、伝え方が変わっていきます。
参考資料
- 日本文化科学社「日本版WISC-V知能検査」 https://www.nichibun.co.jp/
- 国立特別支援教育総合研究所 https://www.nise.go.jp/
- 湯澤正通・湯澤美紀(編著)『ワーキングメモリと教育』北大路書房、2014年
あわせて読みたい
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- WISC(ウィスク)とは?
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- 特別支援教育の巡回心理士とWISC検査|「みんなと同じ」では、届かない(note)
書いた人 たぶ先生(いわおひろあき)
東北大学大学院文学研究科で社会学(理論社会学・地域社会学)を学び、博士後期課程まで進む(博士論文は未提出)。早稲田大学卒。発達特性のある子どもたちとのマンツーマン療育・教育に2010年から携わる。仙台で発達障害専門の家庭教師としてスタートし、児童発達支援・放課後等デイサービスの現場、複数施設のマネジメントを経験。いまは発達障害のインタビュー研究を続けながら、オンライン家庭教師・療育相談「いっかく」を開いている。
保育士/中学校・高等学校教員専修免許(社会・公民)/文学修士(専攻は社会学)/社会福祉士/児童発達支援管理責任者/産業カウンセラー
